ひとりで泣くのを我慢して、ハミングして歩いているような、そんな素敵な曲
グラスの重なり合う音が聴こえてくる。静かに耳を傾けながら、・・そこに身をおく。曲が空間を創り出す幸福なひとときだ。一人で泣くのを我慢して、冬のセントラルパークをハミングして歩いているような感じ。口ずさむたびに、気持が白い息になって、冷たい空気に溶けていく感じ…。そんな安らかな空間を生み出し、心に染み込んでくる曲“MY
FOOLISH HEART”が好きで、いつか自分の作品で使いたいと思っていた。
京都のジャズクラブでアルバイトをしていた大学時代、“MY FOOLISH HEART”と初めて出会った。5000枚ものレコードが常備され、昼も夜も音楽が流れていた。そんな場所で、ビル・エヴァンスの“MY
FOOLISH HEART”を聴いた。この曲は、NYヴィレッジ・バンガード・ライヴで録音された名盤『ワルツ・フォー・デビイ/
Waltz for Debby』(ビクターエンタテインメント)のオープニングナンバー。名ピアニストのビル・エヴァンスを中心に、心と心でプレイできるスコット・ラファロとポール・モチアンの中性的なトリオだ。彼らは、ジャズ史上に残る名演奏をした。NYの黒人のグルービーな感じとは違い、ポエティックでイマジネーションを掻き立てられるようなところが魅力だ。モードジャズの一時代を築いたエヴァンスは、がむしゃらなプレイをするアーティストではなく、メインストリームの系譜とは別に、独自の存在感を保ち続けた。彼の音楽は、穏やかで繊細、何より余韻がある。この曲に詞がついているということを知ったのはずっと後だった。
会いたいけど会えない、行きたいけど行けない、でも恋しい…。そこには、大人の自制心が働き、ふとそんな感情にさせてしまう。
大人の恋愛は相手に対しても責任が生まれる。だから大人の恋愛はステキだ。“MY FOOLISH HEART”は、相手を想う気持ちが大切だと優しく囁いてくる。情熱的な恋もいいけれど、傷つき、傷つけることの痛みを、ともすれば忘れがちだ。いずれにせよ、いい意味でも悪い意味でも、人は一人なのだ。ステキな恋は、自分だけの大切な喜びであり、苦しみである。だから美しい気がする。19歳で初めてこの曲を聴いた時、いい恋愛をしている、そんな大人になりたいと思った。映画が完成したら、若い人たちがそういう気持ちで観てくれたら嬉しい。“MY
FOOLISH HEART”は、『大停電の夜に』の優しくて切ない恋人たちに似ているかもしれない。きっとこの曲のせいで奇跡が起こる。結局のところ、それを伝えるために、僕にはこの曲しかないと思った。
(監督:源孝志) |
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● 「マイ・フーリッシュ・ハート/
MY FOOLISH HEART」
1949年、スーザン・ヘイワードがアカデミー主演女優賞にノミネートされた『愚かなる我が心』の主題歌として、ヴィクター・ヤング作曲、ネッド・ワシントン作詞でヒットした曲。
本作品で彼らも歌曲賞にノミネートされた。ミンディ・カースン、ビリー・エクスタン、ゴードン・ジェンキンス楽団など多くのポピュラーなレコードが発売され、終戦後の日本で大流行した懐かしいナンバー。カーメン・マクレエはじめジャズの名手たちがこよなく愛し、またビル・エヴァンスのピアノの名演もあって、ジャズの永遠のスタンダードとなった。 |
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